「セックスワークの方がサステナブルに働ける」に対する4つの違和感


エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。
風俗などのセックスワークは、搾取の温床であり無くなるべきなのか、または、セックスワークも他の労働と同じ労働(セックスワーク・イズ・ワーク)だと認められるべきなのか。
こういった問いは何度も繰り返され、個々人によって主張が異なる。近年よく見られるのは、セックスワークも他の労働と同じ労働であるが、現状、労働者として守られておらずハイリスクであるため、労働環境を整備し、安全に働ける環境を作るべきだという主張だ。また、セックスワークに対するスティグマを払拭すべきたという人もいる。
危険な労働環境はなくなるべきで、職業差別はやめるべき。これには多くの人が共感するだろう。しかし、セックスワークにおいては、この正論を主張するためには、構造的問題や現に存在する差別を意識し、言葉を選ぶ必要がある。そうでなければ、炎上してしまうだろう。
『なかよしビッチ生活』(とれたてクラブ著・エトセトラブックス)の炎上は、まさに、構造的問題や現存する差別を軽視したために、発生したものだ。
『なかよしビッチ生活』炎上の原因と修正後
『なかよしビッチ生活』は2022年にZINEが発行され、2025年にエトセトラブックスから書籍化された漫画だ。炎上したのはZINEバージョンであり、その後、炎上箇所のセリフが書き換えられ2025年に出版された。
まずは、2022年に炎上したシーンを見てみよう。
マッチングアプリで出会い、セフレになったユミコと純の会話だ。
ユミコ「純くんのような利用予定者から見えないからといってすべてのセックスワーカーがかわいそうなわけではないよ」
純「僕も自民党議員とか入管職員とかやるならセックスワーカーの方が向いてるな」
ユミコ「私も屠殺人とかオリンピック選手とかよりはセックスワーカーの方がサステナブルに働ける」
炎上したのは、「屠殺人よりはセックスワーカーの方がマシ」と読める表現だ。食肉処理は、被差別部落の人々が従事してきた歴史があり、職業差別を受けてきた仕事だ。屠殺という言葉も、差別的意味合いが強いとして、使われることが減ってきている。セックスワーカーの差別をなくすために、差別されてきた別の職業を貶めるような発言をするのは、結果的に、別の職業へのスティグマを強化してしまいかねない。炎上を受け、2025年バージョンでは、ユミコのセリフが以下に変更された。
ユミコ「私も経理とかスポーツ選手とかよりはセックスワーカーの方がサステナブルに働ける」
また、セリフの吹き出しの横には、「運動も数字も別タイプの地獄」と付記されている。この修正で、いいのだろうか?
「セックスワークの方がサステナブルに働ける」に対する4つの違和感
個人的には、修正をした後のセリフにも違和感を感じる。
1)どの仕事が上か、序列を再生産している
ユミコのセリフをうけ、純は「マイナスのレッテルを貼るだけじゃ、従業者を守る仕組みが作りづらくなってさらに犯罪が起きやすくなる」と続ける。そのことから、前段は、「セックスワークをかわいそうだとマイナスのレッテルを貼らず、その他の仕事と同列で、選択肢の一つ」である旨を示そうとした会話であることが推測できる。
しかし、ふたりの会話は、セックスワークを擁護するために、他の仕事を下げ、職業間に序列を作っている。嫌な職業を挙げて「より向いている」「よりサステナブル」とする表現から伺えるのは、職業の多様性を認める姿勢と反しているように感じられる。
さらに言うなら、「運動も数字も別タイプの地獄」と付記することで、読者によっては、“セックスワークもまた地獄の一種”という印象を受けるかもしれない。これがマイナスのレッテルではなく、なんなのだろうか。
2)サステナブルという単語の誤用
サステナブルという言葉の使い方も気になる。サステナブルは本来、持続可能な、という意味で、環境や社会に負荷をかけずに長期的に続けられることを指す。しかし、この文脈でのサステナブルは、「自分にとって続けやすい」という個人的な意味にすり替わっている。シンプルに単語の使い方が誤っており、それに対し、ツッコミが入っていない点も気になった。
3)特権的立場からの視点
「セックスワークの方が」と語る二人は、実際にはセックスワークに従事していないし、セックスワークしか選択肢がないという状況に追い込まれているわけではない。安全な場所から、比較的安全なセックスワークを選べることを前提とした発言であり、より困難な状況にある人たちの存在は無視されているとも受け取れる。
シングルマザーのワンオペで、セックスワークしか選べず、リスクがあっても、仕事を失うことが怖くて声を上げられない人の姿は、考えられていない。
4)構造的問題の矮小化・個人化
多くのセックスワーカーは、経済的不安定さ、社会保障の欠如などによって、風俗を「選択」する。風俗に従事する女性が多いのは、女性の賃金が男性より低いとか、養育費を支払わない男性が罰せられないなどの、女性差別の結果でもある。
本書で描かれているセリフは、セックスワークを「選択」する人々の背景にある構造的問題を軽視し、「個人の選択」「個人の適正」だとして問題を矮小化しているようにも読めるのだ。
セックスワークが差別の温床であり結果であるという側面を無視してはならない
今回取り上げたセリフは、登場人物の考えであり、作者や出版社が同じ考えであるわけではないだろう。
ただし、本書はフェミニズム出版社から発売されたものであり、「フェミニズム漫画の金字塔」という売り文句がつけられている。フェミニズムとは、これまで個人の問題だとされてきたものを、社会の構造的な問題だと指摘し、差別をなくしていくイズムではないのか。
そうであるならば、セックスワークを個人の選択の問題に矮小化してはならないはずだ。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く